Dear Mom

最愛の母が天国へ旅立って10日が経ちました。

このブログをはじめて8年。
いつも前向きなことを書いてきました。

これからも前を向いて進むために、
この気持ちを大切に残すため、
娘から母への気持ちを書きます。

私が23歳の時、母の病気が発覚しました。

母が嬉しいこと
母が喜ぶこと
母と一緒にやりたいこと

母の病気を知ってからは、
母のためにできることをたくさん考えて生きてきました。

仕事もそう
プライベートもそう

全て「両親が喜ぶこと」が基本でした。

結婚してすぐに母の病気が進行していることを知らされ、
そこから約4年。東京と鹿児島を行き来しながら、
家族で母を支えてきました。

覚悟はしていたつもりでも、
「死」が迫っているかもしれないことは、私にとって恐怖でした。
必ず訪れることだとわかっていても、遠ざけてきたことでした。

母が天国へ旅立ったとき、
母の苦しみがとれたことに、
少しだけ安堵しました。

なぜ母が。
なぜなぜ。。。

そんな風に考えると、
深い悲しみから這い上がることができなくなってしまいそうなので、
後悔することはなるべく考えないようにしています。

もちろんそう考えてしまうこともありますが、
母がいないことはどうしようもないこと。

母ならこう言うよね。
母ならこうするかな。

母が今まで以上に近くにいてくれている気がします。

病室から母の書き残したメモが出てきました。
母らしい力強い字。

mom1.jpg

「万里苗さん
100年分の幸せを心からありがとうネ。
こんなに幸せな人生有難すぎだよ。
あなたはこれから多くの幸がまだまだ沢山まってる。
この世の全ての人より幸多い人生だったよ」

母からの「100年分の幸せ」
の言葉に心が救われました。

母と過ごした時間は、
100年分の幸せだったんだと。

だから母は早すぎる死ではなかったのだと。。。

そう思わないと悲しすぎる。

まだまだ受け入れて前に進むにはエネルギーがいりますが、
いつか寂しさを力に変えて、
母の人生をしっかり繋いでいきたいと思います。

母はいつも、

「万里苗は、お母さんの知らないところで、
たくさんの方々にお世話になってる。だから、
お母さんに関わるたくさんの人たちに対しても
万里苗と同じように愛を注いでいるの」と言ってました。

一人っ子だから寂しい思いをしないように、
私の友達、関わる人に対してもたくさんの愛をもって
接してくれていました。

告別式では、そんな母の思いの通り、
私は一人っ子じゃないみたいに、
たくさんの友達に囲まれ、家族に囲まれ、
母のおかげだなと実感しました。

ありがとう大好きなお母さん。
100年分のたくさんの愛をありがとう。

お母さんと描いた夢に向かって、
しっかり前を向いて頑張ります。

これからもずっと見守っててね。

関わってくれた全ての皆さまへ、
心より感謝申し上げます。

2017.02.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | Kagoshima Life

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Marina Hirano

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